【親の愛を感じられない自分】

母といい関係性になってきたのは私が50歳になった頃から。母の気持ちを受けとめようと意識し続けたら 母と私のことを受けとめるようになり 思っていることを両者ともに理解し合えるようになる。
関係は快適になり、話していてお互いが楽しく また会いたくなるように変わった。
ジャッジをせずに肯定的に聞くことの大切さを感じ、続けてみて7年になる。

それなのに、父の日の今日。崩れた。母から 家にいる2人の息子について様子を聞かれる。
「元気にしている」と私は言う。「まだ働くとか学校に行くとかではないのね」と母。「うん。」と私。
「日経新聞の夕刊を読むといいわよ。あなたは本や新聞を読まない人だとわかっているけど、親がそうだと子どももそうなるのよ。何でも親のことを見てまねするから。」
「新聞を読まないとダメ❗️子どもに読ませなさい。私が切り取ったものを送るから、おばあちゃんからと言って渡してよ!」

私は、黙って聞いていた。(そういうことも あるだろうなぁ)
母「親ではない第三者に会わせて話をしてもらうとか した方がいいわよ」
私「そうだね。そういうことは子どもから相談されたらやるよ」
母「相談されるまで待つなんてダメよ。あなたは、そうやって何もしないから、そのままになったのよ」
私「今、2人は自分の道を探して迷走中だから」
母「あなたは何もしてあげないで よくいられるわね」
私「ママは私に大学生の頃、何もしなかったよ」

この言葉で怒りに火がついた母。「私は大学に行くように言ったわ。就職先も探してきたし。だから、あなたは 間違うことなく進めた
でしょ❗️ 行かないとかには ならなかった」
私「所属があることになったけど 私の気持ちや相談にはのってくれなかった。そこを何もしていないと言ったの」
母「そんな学校の話なんか もちろん聞かないわ。私が何もしていなかったなんて、あなたはよく言えるわね❗️」
私は無言。
母「あなたの家のことは よくわからないわ。 もう、自分の子どもなんだから自分でやりなさい❗️」
沈黙。数分して 私が帰ることになり
「(私はママに)心配をかけてしまっているね。言い過ぎて悪かった。ゴメンね」と言いながら母の背中をポンポンする。
母は 私をにらみつけていた。
「新聞は、送ってくれても 今までも子どもたちは読んでないし、わざわざしてくれることが申し訳なくて。 ママのために言ったんだよ」
この言葉が またしても母をイラつかせてしまった。
母「新聞は、ためになることが書いてあるの。あなたは何度言っても 読まないと言い張るでしょ。私が直接、送るからいいわよ❗️」
母と別れた帰り道、電車のなかで私は暗かった。母は 孫のことを心配なのだ。何か自分にできることはないかと
考えてくれたのだ。母は 私のことも心配なのだ。母は自分で役に立てないかと探しているのだ。
母は 娘や孫たちのことを心配しているのだ。
なぜ、私はいちいち返していたのだろう?
そうだね。やってみるよと、私は言わなかったのだろうか。

まるで何もしていないかのように 母から言われたことに反発する自分。
子どものことを放任している、と言われたようで違う❗️と反発したかった。
子どものことを細かいことまで言われて 全くその通りにしなくても 他に道はあると反発したかった。
断定的に言われて抵抗したい気持ちになった。
私が もっと大きく捉えることができたら よかったのかもしれない。
だってこれもそれもすべては 親の愛なのだから。少し離れて見ると わかるのに・・。
いつも 言ってしまった後で 容量の小さな自分に自己嫌悪する。そして、いつも子どものことを想っている親に その大きさを感じさせられる。